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1.ひとりごと

ゼロ戦、現代に蘇る!?

ゼロ戦(零戦)が今も存在するのをご存じでしたか、形を変えて?

太平洋戦争で活躍したゼロ戦

映画などでご覧になった方がほとんどでしょう。

ゼロ戦を造った航空エンジニアたちが、戦後に造ったのが日産GT-Rの原型となるスカイライン

私が子どもの頃は、今の日産自動車のことを「日産プリンス」と読んでいました。

日産自動車とプリンス自動車工業が合併したからです。

プリンス自動車工業株式会社(ウィキペディア)

それで、このプリンス自動車を創業したのが、ゼロ戦を造った技術者たちなのです。

そうスカイラインはプリンス系の車種なのです。

宮崎駿監督の『風立ちぬ』を観て、ゼロ戦は三菱重工の製造だと思っている人が多いと思います。

しかし、機体は三菱重工なのですが、エンジンは中島飛行機のものが主流です。

中島飛行機(ウィキペディア)

裏話をすると、これは海軍の英断です。

例えば、トヨタ自動車の車にはトヨタ製のエンジンを載せるに決まっているじゃないですか、普通は。

だけど、性能を考慮して、三菱重工製の機体に中島飛行機のエンジンを載せたのです。

この辺の所は、確かマンガ『アルキメデスの大戦』に書かれています。

2019年7月下旬に、映画が公開されます。映画『アルキメデスの大戦

まだ信じていないでしょう? 信じられない方はこれを観てください。

スカイラインは1957年に製造されてから、日産に吸収合併後もモデルチェンジを続け、1964年に発売されたのがスカイラインGT。

その後、スカイラインGTレーシング仕様として、登場したのがスカイラインGT-Rの始まり。

話が長くなりますから詳細は省きますけど、水野和敏さんがGT-R(R35型)を開発したときには、社内から大反発があったのです。

「直列エンジンを搭載しているのがスカイラインの歴史で、V型エンジンを搭載しているのはスカイラインと呼ばない」と。

おそらく、スカイラインを名称から外してGT-Rとしたのは、こういう背景があると思います。それでスカイラインとGT-Rの車種は完全に2つに分けた。

ある意味、ゼロ戦は形を変えて、現代に蘇っているのです。

自分をブランド化する創造思考と評価軸
日産GT-Rプロジェクト総責任者・水野和敏氏のご講演

追伸:
GT-Rが他のスーパーカーをぶっちぎる動画はこちら。

2019.07.17

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